Seeds of the art

【Seeds of the Art Vol.8】「みろくのこころ」をARTする

私は学生時代から何故か「和」の文化に心惹かれてきました。

その中でも仏像に興味を持ち、仏像の存在感と仏像が醸し出す「美」が大好きだったのです。

芸大生の頃、仏像の研修ツアーを通じてかなり沢山の仏像を見て、仏像とのご対面にも慣れ始めた頃に出逢ったのが「弥勒菩薩半跏思惟像」(みろくぼさつはんかしゆいぞう)という仏像でした。
国宝第一号でもあるその仏像は、誰でも一度は写真などで見たことがあろうとても有名な日本の宝です。

弥勒菩薩半跏思惟像を初めて見た時も前知識や心構えはありましたが、やはり本物との出会いは大きく、その感動は長い時を経た今も尚色褪せることなく胸に響き、むしろ最近は何故かその佇まいと、美しいアルカイックスマイルが自然と心に浮かんで来るのです。

今回は「弥勒菩薩半跏思惟像」について当時の記憶と、今感じてみて想うことを私なりにお伝えしてみたいと思います。

弥勒菩薩とは何か?

「弥勒」はサンスクリット語ではマイトレーヤ「慈しみ」という意味なので「慈悲の菩薩」となります。
「菩薩」とはまだ悟りを得ておらず、仏の悟りに向かって努力している修行中の身の人です。そして菩薩は如来が願う「人々の救済」を補佐する役割も担っています。釈迦も修行をしている時は菩薩でしたが、悟りを得て仏陀(ブッダ)となり、完全な人格者となって下界に下って衆生を救済する仏である「如来」となったのです。

菩薩はまだ悟りを開く前の修行中の身と聞いて、少しだけ身近に感じますね。
また弥勒菩薩は釈迦が亡くなって56億7000万年後に登場し、悟りを開いて仏になり多くの人を救済するといわれ「未来仏」とも呼ばれています。

「弥勒菩薩半跏思惟像」との出逢い

弥勒菩薩半跏思惟像は、京都の広隆寺に在ります。
京都最古の寺とされ、603年(推古天皇11年)秦河勝が聖徳太子から賜った仏像が弥勒菩薩半跏思惟像で、それを本尊としています。
広隆寺では柔らかな日差しの和室で畳の上に座してゆっくりと仏像と対面できます。

たまたま拝観者が私一人だったこともあり、仏像をとても身近に心近く感じることができました。和室はしーんと静まりかえって、仏像の周りの全てがとても平安な空気に包まれ美しい沈黙を創り出していました。

弥勒菩薩半跏思惟像はまるでそこに「在る」のに「無い」ような神秘的な存在感で、どっしりとしているのに、何故かふわりとした軽ろやかさを醸し出しているのでした。

「弥勒菩薩半跏思惟像」は性別を超えた中性的な表情と体つきです。

凛とした鼻筋とたおやかな指先は頬に触れるか触れないかのような絶妙な距離感。

うつむき加減で瞑想しながらも衆生(しゅじょう/迷える人々)を見守るような慈愛に満ちた眼差しと、優美な微笑みを浮かべながらも、足の形はいつでも立ち上がって、衆生を救いに行けるようスタンバイしている思いやりに溢れたアクティブな姿勢です。

弥勒菩薩半跏思惟像の場合も、一般的に世の中を良くするために思い悩んでいる最中のお顔とされていますが、私にはそのようには感じられませんでした。

弥勒菩薩の表情はまるで、修行中にあらゆる体験を乗り越え、その人生を通していつの間にか抱いていた心の雲を晴らし、全ては昇華されて大きく心鎮まって満足しているようでした。

そんな満たされた意識から生まれる、心の余裕と慈愛にあふれる微笑みなんだなぁ。と弥勒菩薩がその心境に至るまでに歩んだ、泣けるほど美しく遥かな道のりを想像して、胸熱く感動しました。。。

弥勒菩薩的アートワーク

弥勒菩薩半跏思惟像は、360度全てが美しく、そのお姿に心からの平和を感じました。

こんなお姿を世に生み出すことに成功した作者は、きっと永遠の作者冥利に尽きると思います。

この作品が世界中の人に感動を与えることができるのは、作者自身が今まで仏像を何体も創ってきた過程で得てきた、豊かな体験と心の成熟により、弥勒菩薩の至った心境を既に理解していたからこそ創造できたのではないでしょうか?

静かに真摯に創造する対象に向き合うことで、自分自身の内なる神聖さに触れながら、それを鏡のように自分の生き様や在り方を作品に写していくことは正に「LIFE IS ART」です。

そしてそれは「美」「真実」をアーティストの心と技で表現する芸術の底力なのです。

「みろくのこころ」と現在

弥勒菩薩半跏思惟像がなぜあんなに美しく感じられるのか?ということについて私なりに考えてみました。

実際に弥勒菩薩を観て、前述したように悩んでいるお姿には見えませんでした。
そこにはどんな逆境にも心がブレずに「自分軸」をしっかりと持ち本来の自分として生きている人の強くて美しい充実感を感じたのです。

過去に遡って平安時代には、その時代が釈迦の入滅から長い時も経ってしまい釈迦の正しい教えも伝わらなくなり、悟りを開ける者も居なくなると言われる「末法思想」が流行りました。

人々は「世も末だ。。。」と言うような絶望的な雰囲気の中で戦々恐々として自分軸を見失ってしまったことでしょう。

こうして弥勒菩薩の力にあやかって救われたいと願う人々の心理から弥勒信仰が生まれていきました。

現在は、マスコミやweb情報の溢れる情報の中に翻弄されて、いつの間にか「自分軸」が「他人軸」にすり替えられていることも暫しあります。

世界は今、コロナ禍でブレイクダウンされた「今まで通用していた古い価値観」「今までの世界」を手放して、今までよりも更に自由な選択と意識の変化を起こして「これからの世界」へとブレイクスルーしているのではないでしょうか?

今は激動の時代だからこそ、その波に動揺してショックを受けながらも、傾いてしまったバランスを皆それぞれが「自分軸」である本来の自分へと戻していく必要があります。

コロナというピンチはチャンスとなり、それぞれが真実への探求という心の旅に出始めるきっかけとなり始めている様に感じられます。

人は皆、他人軸で何かを求めて行動しているうちは欲しているものは手に入りませんが、自分そのものとして在る時に、知らぬ間にそれを成して手に入れてしまいます。

そして自然といつか「弥勒菩薩半跏思惟像」のような魅力的な微笑みと「みろくのこころ」も自分らしく表現できるのかもしれません。

「みろくのこころ」をARTするとは?

では、最後に今回のテーマである「みろくのこころ」とは何かを考えてみたいと思います。

その答えはそれぞれ自由に感じて表現することができると思います。
私にとって「みろくのこころ」「イマジネーション」です。

弥勒菩薩が「慈悲の菩薩」と呼ばれるように、慈悲や慈愛の素にはいつも「想像力」があると感じるからです。

この世で出逢った相手の気持ちを想像し、その繋がりと奇跡を感じながら生きとし生けるものを思いやることのできる力であり「想像すること」で生まれるイメージビジョンが何かを生み出すことの基本となっているからです。

これは、あくまで私が感じる「みろくのこころ」なので、ぜひ皆さんも自由に「みろくのこころ」とは何かを想像してみてくださいね。

答えは一つではなく、色々な角度から皆の心の中のユニークな側面を再発見し、色々な意識や感性をMIXして共同創造することがARTの楽しみだと思います。

「みろくのこころ」「イマジネーション」することから想像力の広がりと繋がりが生まれ、それぞれの場で一人一人のオリジナルの尊い個性を表現し、お互いの存在を祝いあえるきっかけとなるはずです。

そしてそこから「Beyond imagination(想像を超える)」が生まれ、私たちの予想をはるかに超える新しい地球が生まれてくるかもしれません。

面白い一説には、お釈迦様は弥勒菩薩が一人とは断定していません。

きっと、お釈迦様も一人一人に宿る「みろくのこころ」そのものが尊い宝だとご存知だったのではないでしょうか?

私には、過去・現在・未来のすべてを慈しみの微笑みで見守っている存在が「弥勒菩薩半跏思惟像」というシンボルなのだと思います。

皆様も、是非いつか機会をつくって広隆寺「弥勒菩薩半跏思惟像」という至福のARTにご対面くださいね。

きっと素晴らしい出逢いの贈り物となるでしょう!

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